お茶の水女子大学歴史資料館ではたらく学生のブログ

【企画展】学生寮で暮らす第5回:学生寮と自治




1.はじめに

10月31日からはじまったオンライン展示【学生寮で暮らす】ですが、第5回が最終回となります。
今回のテーマは「学生寮と自治」です。

辞書で自治を調べると、「自分のこと、あるいは自分たちのことを自身で処理し治めること。」(『日本国語大辞典』)
と出てきます。昭和20(1945)年から令和4(2022)年まで板橋区大山にあった大山寮と、昭和56(1981)年から現在まで大塚にある小石川寮では、学生の自治によって寮が運営されていました。

今にまで続く学生寮の自治は、いつ始まり、どのような変遷を遂げてきたのでしょうか。
最終回では、寮生活での自治にフォーカスを当てて戦後の新聞資料と共にご紹介します。

はじめに、第1回から第4回までに取り上げた寄宿舎・学生寮とその時代について年表で概観してみましょう。

表1…色付きは前回までに取り上げた寄宿舎・寮に関する事項です。


表1

年表※「お茶大の歩み」(お茶の水女子大学歴史資料ホームページ)、『お茶の水女子大学百年史』より作成。

関東大震災や太平洋戦争など、多くの苦難を乗り越えてきたことが分かりますね。
前回までは戦前・戦中の寄宿舎・学生寮についてご紹介しました。さて、次章では戦後-現在の学生寮について見ていきましょう。


2.自治を求めて

大山寮は昭和20(1945)年に板橋区大山の地に建てられました。
それまで学生が暮らしていた構内の寄宿舎は、同年4月12日の空襲で第二寄宿舎が、5月25日の空襲で第一寄宿舎が焼失してしまいます。当時、寮生は附属高等女学校(今のお茶の水女子大学附属高校)の教室に宿泊したり、地方へ疎開したりしていました。そこで、同年秋に板橋区大山にあった元陸軍造兵廠の建物を利用して、寮生を収容することに決まりました。
これが大山寮の始まりです。

大山寮玄関前
昭和41(1966)年以前の大山寮玄関前の写真。(歴史資料館蔵)

大山寮では家政科の女性教官が寮監に任命され、その下で寮生が規律を維持していたそうです。しかし、次第に寮生と寮監の間で衝突が起こるようになります。
お茶の水女子大学新聞第11号
お茶の水女子大学新聞第11号(お茶の水女子大学蔵)
この新聞は昭和27(1952)年にお茶の水女子大学新聞部によって発行されたものです。

1952年6月10日に、
①破防法反対 ②寮監制廃止 ③学生準則再検討 を決議するストライキが開かれ、約550人の学生が参加しました。

寮監制についての記事を詳しく見てみましょう。
寮監制廃止
「寮監制度廃止へ 盛上る寮生の動き」(『お茶の水女子大学新聞』第11号を拡大)

寮監制廃止はかねてより寮生大会で議論されていたことであり、10日のストライキでは「寮監制反対を全学で支持」と決議されました。

寮生は、寮監が寮生の私生活に干渉していることに不満を抱き、「女高師時代と違って教員養成という特殊任務のなくなった現在の寮監制度の必要は全くなくなった」ことを理由に、寮監制度廃止を寮生大会で決議しました。廃止決議のちに寮では自治委員会の設置が決定します。

これがかつて大山寮にもあった「自治会」の始まりと考えられます。

この出来事からは、寮監制度の在り方に不満を持ち自治を求める寮生の姿が見えてきます。そして、学寮自治を求める姿勢は寮生のみならず、お茶大の学生全体に共有されていました。

戦後、学生運動の高まりの中で学寮自治を求める運動もより活発になっていきます。
本資料から13年後の新聞資料を見てみましょう。
お茶の水女子大学新聞第120号
お茶の水女子大学新聞第120号(お茶の水女子大学蔵)
この新聞は昭和40(1965)年に発行されたものです。

学生大会において、学寮規定の「本則の白紙撤回、細則審議中止」を求めて大学史上初の授業放棄が決議されたことを報じています。

それまで寮の規則は、教授会が決定して文科省に提出していました。この事実について学生は「学生に不誠実な態度」であるとして批判し、細則の審議中止と本則の撤回を要求しました。そして10日間の授業放棄を決行します。その後、学生と学長の話し合いや教授会と文書のやり取りがあり、授業放棄は解かれました。

しかしこの後も学寮自治をめぐって大学との対立は続き、翌年昭和41(1966)年には寮生大会で入寮ボイコットが決議されます。また、新寮の設計図に関する協議も行われたようです。

このように、寮生・学生は学寮自治を求めて、授業放棄や座り込みなどの手段をとってその意思を大学側に示し、協議を続けていました。現在でも全国各地に自治寮は存在していますが、学寮自治は当たり前にあったものではなく、学生自らが考え選び取ったものであることが分かります。

3.大山寮から音羽館へ

本章では、学生によって自治が求められていた「大山寮」の現在の姿をご紹介します。

大山寮正面概観
大山寮正面玄関の写真(歴史資料館蔵)

大山寮の正面玄関です。
A-D棟と中央棟の5棟からなり、合計で399人が居住できる大規模な学生寮です。日々多くの寮生がこの玄関から出入りしていました。

大山寮は昭和20(1945)年に開寮し、増改築を重ねて平成7(1995)年には「国際学生宿舎」と名称が変更されます。名称が変わっても大山寮と呼んでいる人はたくさんいたようです。
大山寮(国際学生宿舎)は「日本人学生と外国人留学生との混在型」の宿舎で、留学生とともに共同生活を送ります。主にお茶大の学部生と留学生が居住していました。

大山寮では、各フロアで共同スペース(洗濯室や補食室)のルールを決めたり、共同備品の購入をしたりしていました。共用スペースの掃除はもちろん寮生が行います。

大山寮補食室
大山寮補食室の写真(歴史資料館蔵)

各フロアにある共用のキッチンです。冷蔵庫や電子レンジがあります。
居室にキッチンがないため、自炊をする寮生は補食室を使います。
中央のテーブルで食事を共にしたり、語り合ったり、寮生の団欒の場でもありました。

大山寮洗濯室
大山寮洗濯室の写真(歴史資料館蔵)

各フロアにあり、共用の洗濯機・乾燥機が置かれています。数が限られているので譲り合って使用します。洗濯室には物干し場も隣接していました。

また、年に2回寮生大会があり、自治会執行部役員の選出や収支の報告が行われました。寮生は自治会の一員でもあるので、参加が必須です。寮生大会は感染症拡大の影響でオンライン開催になった時期もありましたが、確実に毎年行われてきました。前章でもみた寮生大会は、現在に至るまで確かに受け継がれてきています。

大山寮では、学生が主体となって自分たちの生活の場である寮の運営を行ってきました。しかし、運営のすべてが学生によって担われていたわけではなく、大学とも連携して管理がなされてきました。新聞資料で紹介したような自治の形とは異なりますが、時代に応じて学生の関わり方も変化していることが分かりますね。

自治とは、自分たちの事は自分たちで行う、という至ってシンプルなことですが、何百人もの学生が暮らす学生寮では時としてそれが難しいこともあります。その時々の学生たちは、最善を模索して行動してきました。

そして今年、令和4年3月に大山寮が閉寮し、大学構内に音羽館が誕生しました。音羽館にも学生委員会があり、活動を開始しているようです。

これからの新寮に学生たちがどのように関わってゆくのか楽しみですね。


4. おわりに

【学生寮で暮らす】最終回は、歴史資料館MuSAの「うさ子」が担当しました。


私は大山寮に住んでいた時期があるので、懐かしさを感じながら執筆しています。
今年閉寮した大山寮は既に解体工事が始まっていて、私が住んでいた部屋は跡形もなくなっていました……。

さて、本オンライン企画展示【学生寮で暮らす】では、第1回から第5回(最終回)まで、さまざまなテーマのもとで学生寮について紹介してきました。
建物、食事、余暇活動、子どもと暮らす寄宿舎、自治……。
学生の生活の場であった学生寮は、時代や社会の動きに伴って様々な暮らしが営まれていたことが分かります。

今も昔も学生たちは、災害や戦争、感染症の拡大など多くの困難に直面しながらも、その度に力強く乗り越えてきました。そしてその傍らには寄宿舎・学生寮の存在がありました。

本オンライン企画展【学生寮で暮らす】を通して、学生生活とともにあった寄宿舎・学生寮にも関心を持っていただけましたら幸いです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

歴史資料館では、2023年春に音羽館開寮記念の企画展【写真で見る学生寮】を行います。
鋭意準備中ですので、お楽しみに‼
国際交流留学生プラザ1階でも寄宿舎・学生寮に関する展示を通年で行っています。どなたでも入館いただけますので、訪れる機会がありましたら是非ご覧くださいね。

また、Twitter(@ocha_musa)でも、本オンライン企画展と連動した「#とある一日企画」を実施中です。過去の投稿もこの機会に是非ご覧ください。「#とある一日企画」での感想もお待ちしております‼



*参考文献*
・お茶の水女子大学歴史資料館デジタルアーカイブズ「お茶大の歩み」
https://www.lib.ocha.ac.jp/archives/chrono1874.html?grid=menu 最終閲覧日2022年11月21日
・お茶の水女子大学「学生宿舎」
https://www.ocha.ac.jp/campuslife/lodgings/index.html 最後閲覧日2022年11月21日
・「お茶の水女子大学百年史」刊行委員会『お茶の水女子大学百年史』(「お茶の水女子大学百年史」刊行委員会編、1984年)
・「お茶の水女子大学学生運動小史」編集委員会『お茶の水女子大学学生運動小史』(「お茶の水女子大学学生運動小史」編集委員会編、1966年)
・東京女高師 お茶の水女子大学五〇年を語る会『私の女高師・私のお茶大-一九五〇年代学生運動のうねりの中で-』(創英社、2004年)
・『日本国語大辞典』小学館(ジャパンナレッジ)
最後閲覧日2022年11月21日

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